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    ―AIやIOT、DXは、どこから来てどこへ行くのか―➀

2019.11.29

西郷正宏(日本システムウエア(株))

【論文】情報産業史から見たITトレンドの本質と意義
―AIやIOT、DXは、どこから来てどこへ行くのか―➀

【論文】情報産業史から見たITトレンドの本質と意義<br/> ―AIやIOT、DXは、どこから来てどこへ行くのか―➀

昨今、AIやIOT、DX(デジタルトランスフォーメーション)など、IT(情報技術)に関連する略語や外来語がトレンドワード(流行語)として氾濫しているといわれる。以前からIT業界内では略語や外来語が業界用語や技術用語として常用されていたが、今やビジネス用語や日常用語として一般紙にも頻繁に登場していることが、以前までとは違う点である。 本論は、1970年代から技術者(システムエンジニア)として情報システムの開発や運用に携わり、その後も経営企画や広報などのスタッフとして40年以上にわたってIT業界に身を置いてきた者として、周囲で生まれては消えていった数多くのITトレンドについて、その表面上の意味ではなく、言葉の奥にある本質と意義について考察を試みたものである。(全4回) ※(一社)日本経営管理学会「経営管理研究」第9号掲載

(1)そもそもITはどこから来たのか?

 ITトレンドとは何かを論ずる前に、IT(Information Technology:情報技術)という言葉について触れておく必要がある。筆者が大学を卒業してこの業界に入った1970年代には情報工学、通信工学、システム工学、ソフトウエアサイエンスなどの学問や概念はあったが、ITという言葉はなかった。IT業界やIT企業も情報産業やソフトハウスなどと称していた。IT業界を代表する業界団体である一般社団法人情報サービス産業協会(略称「JISA」)の現在の英文名称は、「Japan Information Technology Services Industry Association」だが、以前の英文名称は「Japan Information Services Industry Association」であり、ITという言葉は含まれていなかった (注1)。

(2)「技術史」観ではなく「産業史」観が重要

 ITという言葉がいつどのように誕生したかを研究することは本論の目的ではないので以下は私の推論として提示する。コンピュータは当初は電子計算機として計算の道具であったが、同時に電子機器とソフトウエアが一体化した製品として電子工学や情報工学、システム工学と共に発展してきた。開発当初は軍事用途(砲弾の弾道計算等)や国勢調査などの公共用途が主だったが、次第に対象範囲を拡げて様々な企業にも普及し、業務効率化や省人化に貢献する存在となっていった。

 一般企業に導入されるようになったことでコンピュータは経営学の対象にもなり、コンピュータが扱う「情報」がヒト、モノ、カネに次ぐ"第4の経営資源"と呼ばれるようになった。1980年代にはアメリカン航空の座席予約システムやウォルマートの販売管理システムなどの情報システム(IS:Information Systems)が他社との差別化をもたらす仕組みとして重要視されたが、情報システム(IS)はハード機器やソフトウエアの進化や環境変化によって陳腐化するため、それらを構築・更改できる能力、すなわち情報技術(IT)こそが重要な"第4の経営資源"と認識されて今日に至っている。すなわち、ITは経営学によって提唱され普及した言葉であり概念だと私は考えている。これらのことから、技術史的観点よりも産業史的な観点を中心にITトレンドの本質と意義について歴史的な経緯を辿りながら論を進めたい。

【~1970年代】人の代わりか人の道具か

(1)二大潮流の源泉はIBMとXEROX

 古来、計算道具には計算尺のようなアナログ方式とソロバンのようなデジタル方式があり、それぞれ機械式を経て1940年代には電子式が登場した。なかでもデジタル方式の電子式計算機は様々な用途に利用可能であり、1960年のIBM System/360360度全方位への汎用性を意味するとされる)によって汎用情報処理機としてのコンピュータは確立されたといわれている。

 "コンピュータ業界の巨人"IBMは、その名(International Business Machines)が示す通り、元は計量器などの事務機器製造販売会社だったが、やがてコンピュータメーカとして世界を席巻していく。一方、"複写機業界の巨人"XEROXは、確固たる地位を築いた複写機での事業をベースにして、満を持してIBMが君臨するコンピュータ市場への参入を図った。

(3) XEROXの挑戦とパロアルトの恵み

 1970年、XEROXはカリフォルニア州パロアルトに研究所(PARC)を設立し、IBMに先行すべく"次世代コンピュータ"技術への開発投資を積極的に行った。同研究所には多才かつ多彩な研究者が集まり、その中にはコンピュータ科学者にして教育者でありプロのjazzギタリストでもあったアラン・ケイも居た。彼は個人の活動を支援するためにコンピュータパワーを占有使用するという、当時は誰も思いつかなかった独創的なアイデアで「パーソナルコンピュータ」という概念を提唱し、Altoという試作機によって形にもした。

 このパロアルト研究所からはアイコンやマウス、GUI、イーサネット、レーザープリンタなど、現在のパソコンやインターネットで利用されている殆どの技術の種が生まれた。しかしXEROXはその果実を独占享受することなく、アップル社など数多くの企業から様々な製品が世に出ることで結果として広く社会に還元した。 

(4) 目指すのは鉄腕アトムか鉄人28号か

 IBMを筆頭とする汎用機メーカがコンピュータに求めた理想の姿は "人間の頭脳の代わりになる存在"あるいはそれを超える"最高の叡智を持つマシン"であるのに対し、次世代コンピュータとしてXEROXやアップル社が描いた理想の姿は "人間の創造的な活動を増幅し支援するメディア(道具)"である。この両者の到達点としてのGOALイメージは全く違うものである。前者はスパコンや現在IBMが提供する知能エンジン「Watson」などに象徴され、空想の世界では鉄腕アトムの電子頭脳やHAL9000に相当する。一方、後者は1988年にアップル社が発表した6分間のコンセプトビデオ"Knowledge Navigator"にその世界観が表現されており、ここに出てくる電子秘書、またロボットに例えるなら鉄腕アトムではなく鉄人28号や機動戦士ガンダムのモビルスーツなどがそのメディア(道具)に相当するだろう。

 マイクロソフト社のビル・ゲイツはIBM-PC搭載のOS開発で事業の基盤を成したし、アップル社のスティーブ・ジョブズはXEROXのパロアルト研究所でAltoを見学してMacintoshなどその後の製品に生かしたといわれている。このように1970年代以降のITトレンドを見る場合は、全く異なるGOALに向かって流れる二大潮流があることを意識した上で、その本質や意義を見極めるべきである。

・・・➁に続く

【注記】
(注1)一般社団法人情報サービス産業協会は、2001年の総会で英文表記を変更した。

【参考文献等】M.E.ポーター「競争の戦略」土岐坤:訳、ダイヤモンド社、1982
R.T. デラマーター「ビッグブルー IBMはいかに市場を制したか」青木栄一:訳、 日本経済新聞社、1987
・マイクロソフトプレス編「実録!天才プログラマー」岡和夫:訳、アスキー出版、1987
・西郷正宏「NSWの戦略市場計画」早稲田大学システム科学研究所、1988
・チャールズ・ワイズマン「戦略的情報システム 競争戦略の武器としての情報技術」土屋守章、辻新六:訳、ダイヤモンド社、1989
Alan Curtis Kay「アラン・ケイ」鶴岡雄二:翻訳、浜野保樹:監修、アスキー出版、1992
・坂村健「痛快!コンピュータ学」集英社、1999

#IT業界#論文

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