2021.4.28

技術動向2020⑥

デザイン思考

デザイン思考

「デザイン思考」 伊藤藍子・木田和海 ((株)NTTデータ経営研究所 情報戦略事業本部)

情報サービス企業がデジタルビジネスに取り組むには、どのようなスキルや技術が求められるのか。
デジタルビジネスに関わるキーワードを取り上げて、有識者に寄稿していただいた。

※「DXビジネス全体像の可視化~情報サービス産業白書2020」掲載

1 デザイン思考の概念

デザイン思考とは、デザインに関する専門領域で実践されているマインドセットや着眼の視点、実施プロセスの体系を、デザインの専門外の領域でも活用できるようにした総合的な考え方である。対象ユーザに対する洞察を獲得すること、得られた洞察にもとづいてアイデアを生成すること、アイデアを迅速に具体化することで対象ユーザからフィードバックを獲得し、アイデアの改善を繰り返すことが特徴的なプロセスである。

現在、日本において「デザイン思考」は様々な文脈の中で語られているため、共通見解が得られた定義はない。そこで、本稿では「企業・組織の実務において新たなサービスやビジネスを創出する際に、広い意味での『デザイン』の考え方を用いること」という観点からデザイン思考を解説する。

まず、デザイン思考という言葉に含まれる「デザイン」は、一般的に想起する、イラストやポスターに代表される「サイン、シンボル等の図案」や、建築物や自動車、電化製品などの工業製品に代表される「モノの意匠」という概念のみではない。デザイン思考の「デザイン」とは、これらの概念をさらに拡張させ、ユーザが受ける体験、サービスのプロセス、情報提供のインタフェースなどに代表される「人とモノ、人とコトのインタラクション(相互関係)の企画・設計」という広義の概念を指す。さらに、組織内・外の価値交換の企画・設計、すなわち、コミュニティの形成やビジネス・エコシステム(生態系)の形成に代表される「(系としての)システムの企画・設計」というさらに広い概念を含むこともある。

デザイン思考の起源は、ハーバート・A・サイモンが1969年に示した、七つの主要なステップからなるデザインの知識体系であるといわれている。時が進み、Apple社の初代マウスをデザインしたことで有名な米国の戦略デザイン会社「IDEO(アイディオ)」社が、1990年代にデザイン思考を実践し普及させたことにより、デザイン思考がビジネスの世界で一般的に知られるようになった。

2 デザイン思考がビジネスで重要な背景

デザイン思考がビジネスの世界で注目される背景には、一つには新規サービス・ビジネス創出を図る活動と親和性が高いことが挙げられる。新しいサービスやビジネスを創り出す活動は、従来の延長線上や目先にある有望市場において製品・サービスを差別化したり、最適解(ベスト・プラクティス)を適用することで業務を効率化したりすることではなく、従来にない一足飛びの解決策を生み出し、その成果を製品・サービスという価値に変換して想定ユーザに届ける活動である。

一足飛びの解決策を生み出すためには、解決の起点としてどのような「問題」を扱うかを考えることになる。ここで「問題」には、その性質に照らして三つの種類があると言われている(図表1)。デザイン思考では、3種類の問題の中でも「厄介な問題(Wicked Problem)」を主に扱う。従来の枠組みの延長になく問題の定義が十分なされていない、あるいは、問題を定義するために必要な情報が不足している領域で新規サービス・ビジネス創出を行う際に、デザイン思考はとりわけ親和性が高い。

問題の種類

定義

Simple Problem
(単純な問題)

解くことが容易な「問題」。課題設定も解決策も明確である。

このクルマのエンジンをかけるために、どのように操作すれば良いか?

Complex Problem
(複雑な問題)

解くことが困難な「問題」。課題設定、解決策ともに複雑かつ困難である。

どうすれば、燃費の良いクルマを開発することができるだろうか?

Wicked Problem
(厄介な問題)

問題を定義すること自体が困難な問題。問題の捉え方が多様に存在し唯一の正解はないため、課題設定や解決策がさらに厄介になる。

どうすれば、より良いモビリティ社会を形づくることができるだろうか?

【図表1「問題」の性質に照らした3つの種類】
(資料:大阪ガス行動観察研究所 松波晴人氏の記事を参考に筆者作成)

デザイン思考がビジネスの世界で注目される背景の二つには、将来の予測が困難な状況を示す「VUCAVolantility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の頭文字」と言われる時代において、デザインの思考法が従来のビジネスの思考法とは異なるアプローチでイノベーション創出に貢献することが挙げられる。VUCAな時代においては、精緻な計画を策定することよりも、自らのビジョンを描き、走りながら考え、イノベーションを追求するという、変化に適応する姿勢が求められる。その際に、デザインの思考法が効果的である。

デザインの思考法の特徴は、分析だけではなく統合(Synthesis)を行うことである。分析は物事を要素に分解して整理すること、統合はそこから要素同士のつながりを見いだし、対象とする事象の意味を見いだすことである。これによって創造的なアイデアが生じやすくなる。とりわけ、統合を行う際にはアブダクション(仮説的推論)という推論プロセスを経るといわれる。アブダクションは、演繹法、帰納法に並ぶ推論プロセスの一つであり、結果から原因を推測し、観察した事実に対して仮説を生成するプロセスである。

このように、分析や統合、アブダクションの思考法を用いるデザインの思考法は、クレイトン・クリステンセンが確立した「破壊的イノベーション」が生まれる過程と深く関係すると推察されている。また、ジェームズ・アッターバックによると、イノベーションにおいてデザインは、特定の商品や技術への不必要な期待や機能を省き、イノベーションの方向性を明確にして社会に定着させる役割を果たす。

さらに、IDEO社と同様にデザイン思考のビジネスへの浸透に大きな役割を果たしたロジャー・マーティンは、デザイン思考を分析的な思考と直感的な思考の両者のバランスを取るものとして紹介している。従来のビジネスでのアプローチが得意とする分析的な思考は、成功の法則を特定し、それを標準的な手順として確立し、スケールさせることである。一方で、新しい問題を探索するにあたっては、直感的な思考が欠かせない。分析的な思考と直感的な思考は相互補完的に働くものであり、両者を活用するためにもビジネスへデザインの考え方を付加することが有用である。

3 デザイン思考のモデルとマインドセット

A)デザイン思考のモデル

デザイン思考を扱う様々な企業・組織が独自のフェーズやプロセスを定めているが、総合すると主に(a) 探索、(b)着想、(c)形成の三つの領域群から構成されている。デザイン手法は、デザイン思考に固有のものというよりは、社会学・人類学・心理学・デザイン・経営学等の様々な出所の手法を整理したものである(図表2)。

C021_1.png
【図表2 デザイン思考の領域群と手法例】

(a)探索

「探索」は主に、ユーザを深く理解し、問題の発見を行うためのデザインリサーチの領域を指す。ユーザを理解するための人類学的調査のほか、社会や技術の大きな潮流を捉えるための先端事例調査等がある。調査の設計から実査の方法、分析と統合までの手法を含んでいる。

調査手法としては、トレンドスキャニング手法やデザインエスノグラフィ手法、デプスインタビュー手法、ユーザビリティ評価がある。分析手法としては、KJ法等の親和図法や、グラウンデッドセオリー等のラベリング手法がある。

(b)着想

「着想」は探索から続く、解決策のアイデアの生成や評価をする領域を指す。アイデア生成の技法としては、「How might we?(もしも〜したとしたら)」質問法やブレーンストーミング法、評価には選択マトリクスやクイック投票技法等がある。この領域においては、手法を何にするかに加え、誰をアイデア生成の参加者や評価者にするとよいかを定めることも重要になる。

斬新かつ実現可能なアイデアを生成するためには、多様な専門的バックグランドを持つメンバーが検討に加わることが望ましい。また、その企業で実行することに適したアイデアを選定するためには、意思決定に関わるメンバーが判断に加わる必要がある。

(c) 形成

「形成」はプロトタイピングなど、探索や着想を通じて生み出した解決策のアイデアを具象化させる領域を指す。概念的なレベルでの具体化や、コンセプトの体験を部分的に再現することも含む。概念的な具体化には、シナリオやサービスブループリント等の手法がある。体験の部分的な再現には、簡素な材料を用いて製品やサービスをひとまず再現するラピッドプロトタイピングや、サービスを実施する上での顧客とサービス提供者間のやりとりを再現してみるサービスプロトタイピングなどがある。

B)デザイン思考のマインドセット

デザイン思考はまた、デザイナーに特徴的なマインドセットを表したものという側面もある。デザイナーのマインドセットとして、主に以下のものが挙げられる。

a)人間中心の発想・設計

人間(ユーザ)を中心に据え、対象とする人々の真のニーズを満たすべく、見た目や形状、使い勝手などの多様な側面で有用であるように製品やサービスを設計していく。このような発想は、一般に「人間中心設計(Human-Centered Design)」と呼ばれている。

(b)思考の発散・収束の繰り返し

デザイン思考は、発散と収束という思考様式をとる。収束とは、利用可能な選択肢を絞り込んで決定、具体化していくことであり、一般的な問題解決の方法でも行われていることである。デザイン思考においては、収束の前に発散のステップを置くことで、利用可能な選択肢自体を広げていくステップをとる。そうすることで、限られた解決の選択肢にとらわれないようにする。さらにその前段として、そもそも解くべき問題は何であるかを再考したり、定義したりするステップが存在する(デザインブリーフ)。このステップを踏むことで、そもそも解くべき問題が誤っていないかどうかを担保している。

問題定義と発散・収束の過程を整理したものとして、英国デザイン協議会の「ダブルダイヤモンド・デザインプロセスモデル」がある。このモデルでは、発散と収束のフェーズが問題定義の結果である「デザインブリーフ」を挟んで2回行われる。そうすることで、問題の捉え方自体の幅も発散によって広くしてから、収束させて再定義するという流れをとる。また問題解決手段に対しても発散によって選択肢を増やし、収束で絞り込む流れをとっている。(図表3)。

C021_2.png
【図表3 ダブルダイヤモンド・デザインプロセスモデル】
(英国デザイン協議会のモデルを参考に筆者作成)

(c)具体・抽象の繰り返し

デザインの入り口は現実世界の具体的な事象から始まる。そこで得られた事象の背後に潜む意味や構造を抽象化することで、問題を捉え直す。さらに、問題の解決に有用な新しいコンセプトを抽象的な言葉で定めた後、具体的な製品・サービス形づくる。デザインのプロセスは、このように具体と抽象を行ったり来たりする活動である。

(d)ビジュアルを通した思考

デザインでは、図解やスケッチなどのビジュアルの力を借りることで、複雑な状況を理解したり、難解なコンセプトを具体的に表現したりする。ビジュアルでの表現は言葉と比べて情報量が大幅に増えるため、他者との意思疎通が円滑になる。デザイン思考においてプロトタイピングを行うことも、具体的なビジュアルやモノを通じてユーザのフィードバックを得やすくするための意図がある。

(e)イテレーションによる洗練

探索・着想・形成のプロセスはいわゆるウォーターフォール型ではなく、ユーザのフィードバックを得ながら検証と改善を繰り返すイテレーティブ(反復的)なプロセスである。このプロセスは線形に進む活動ばかりでなく、アイデアのひらめき(着想)からスタートし、調査や分析に戻ったうえでそのアイデアを検証し(探索)、具体的なアウトプットを形づくる(形成)ような、非線形のプロセスを経ることもある(図表4)。

C021_3.png
【図表4 非線形プロセスによる洗練】

(f)多様な人とのコラボレーション

デザインでは、多様なバックグラウンドを持つメンバーとコラボレーションすることを重視する。これにより、対象とする人々が抱える問題を多面的に捉えることができる。また、メンバーそれぞれが自身の創造性を信じ、お互いのアイデアを生み出して発展させることにより、斬新かつ多彩なアイデアを創り出していく。

4 デザイン思考の現状

デザイン思考がビジネスで活用されるにつれ、現状に対する批判や反省も生まれている。例えば、デザイン思考は研修を一度受けるだけですぐに習得できると喧伝され、デザインを過度に単純化し表面的に捉えているという批判である。また、デザイン思考のプロセスを試すためにアイデア出しセッションを開催したが、たいしたアイデアが生まれなかったという反省も見られる。

筆者の所属であるNTTデータ経営研究所には、デザインストラテジーグループというデザイン思考やサービスデザインを専門とするチームがあり、デザイン思考を組織的に実施するためのコンサルティングを実施している。コンサルティングにおいては、例えばデジタル・トランスフォーメーションに向けた情報システム部門の共通ビジョンの策定や、新たな情報システムの企画に向けたエンドユーザ理解と新しいコンセプト発想といったテーマに対してデザイン思考を活用してきた。デザイン思考を活用することにより、ボトムアップでの社員の意思や意見の表出化が行える点や、現場社員へのユーザ中心発想の主体的な獲得といった点が成果として得られている。一方で、デザイン思考のアプローチは従来とは異なる部分が多いため、アプローチに対する経営層や管理職層の納得感の醸成が課題になることもある。加えて、デザイン思考を用いたプロジェクトは短期的に成果が見えづらいことも多いため、経営層や管理職層が短期的成果を重視する場合には、プロジェクトの継続が困難になるケースも生じている。

このようなデザイン思考を用いた活動を進める際の問題点や課題を踏まえ、新たなアプローチも生まれつつある。IDEO社は、デザイン思考を活用するためには戦略的かつ、企業文化のサポートが必要であると発信している。また、デザイン思考のプロセスを示したことで有名なスタンフォード大学のd.schoolは、デザイン思考を習得する上での重要な指針を「プロセス」から「ケイパビリティ」へと定義し直している。これらの動きは、デザイン思考を単にプロセスに従って手法をなぞれば良いという受け止め方から脱し、より深い「考え方としてのデザイン」を理解し、目的に沿って手法やプロセスを柔軟に組み合わせて実践し、企業のビジネスの実践に組み込んでいくという、デザイン思考の活用の深化を促している。

5 組織全体でのデザイン思考の活用に向けて

デザイン思考を実務で活用するためには、個人レベルでのスキルの習得に加え、企業・組織レベルでのケイパビリティの獲得も欠かせない。

個人レベルでの習得に関しては、デザイン思考の研修等で体感的に理解することから始めることが望ましい。現在、様々な企業や団体がデザイン思考の体験型研修プログラムを提供している。デザイン思考の概念やマインドセット、探索・着想・形成の各領域における手法の概観を、実際に手を動かすことで体感的に学んでいく。ここを入り口にデザインのより深い考え方や手法群を継続的に学び、実践を繰り返すことで習熟度を高めていく。

企業・組織レベルでデザイン思考のケイパビリティを獲得するためには、従来の効率化を指向するマネジメント体系を脇に置き、社内・社外の多様な人材がコラボレーションすることで、各個人の創造性を発揮できる組織環境を整備していくことが望ましい。コラボレーションにあたっては、デザインの専門人材がプロジェクトに参画することも考えたい。デザインはエンジニアリング等と同様に一つの専門領域である。デザイナーが参画することで、対象ユーザの深い洞察に基づいてサービスのアイデアを生み出すことにつながる。このアイデアを起点に、エンジニアによる有用性の高いシステムや製品の実装、ビジネスプランナーによる収益性のあるビジネスモデルや業務プロセス構築という、新規事業創出に必要な三つの観点を総合的に考えることにつながる。

また、「計画・管理」を指向する従来のマネジメントと区別し、新たな考え方でマネジメントを行うことも重要である。「リーン・スタートアップ」を提唱したエリック・リースは、新たな事業を起こすためのマネジメントは、従来のマネジメントと比べ「責任・プロセス・文化・人」それぞれの観点で異なるアプローチが必要だと述べている(図表5)。

C021_4.png
【図表5  従来のマネジメント(総括マネジメント)と起業マネジメントの共通点と相違点】
(資料:エリック・リース「スタートアップ ・ウェイ」)

例えば、ニコンでは新規事業創出のためにデザイン部門を社長直轄組織へと再編する組織改革を実行したという。これにより、異なるマネジメントの判断軸で新たなサービスやビジネスを機敏に生み出すことを目指そうとしている。

6 デザイン思考の今後の展開

デザイン思考の今後の展開として、一つは、特定領域でのデザインの応用が進む流れが予想される。例えば、行政領域においてはサービスデザインによる行政サービスの改善が実施されている。これはデジタルガバメントにおける、行政サービスのデジタル化や、利用者体験の向上を行うものである。日本政府では、「サービスデザイン思考」ならびに「ユーザ体験ファースト」という考え方が提唱されている。諸外国においても、イギリスではGDSGovernment Digital Service)、アメリカでは18Fといった、デジタルガバメントに向けたデジタル体験の向上に向けた専門機関が設立されている。

また、デザインの経営への接近の流れもみられる。CDOChief Design Officer)やCXOChief Experience Officer)というかたちで、デザイン責任者を経営層におき、デザインの考え方を取り入れビジネス全体を見直す動きがある。経済産業省・特許庁ではデザインを活用した経営手法を「デザイン経営」と呼び、デザインはブランド力とイノベーション創出能力を向上させるものとしている。パナソニックでは、経営とデザインの一体運営を目指して、パナソニック全体のデザインを統括する「デザイン本部」を新設した。

事業会社におけるデザイン人材の活用についても深化が進んでいる。例えば、デザインやUXリサーチの価値を高めるためのオペレーション面での支援として「DesignOpsDesign Operetions)」や「ReseachOpsResearch Operations)」という概念が生まれている。

以上のように、デザイン思考によってビジネスの領域にデザインの考え方が普及し始めた結果、イノベーション創出に一層寄与するよう、概念や手法の進化、企業・組織レベルでの活用の取り組みへと発展を続けている。

#デザイン思考#論文

この記事をシェアする
  • この記事はいかがでしたか?